【第七話】術後せん妄の戸惑いと、 ICUで交わした「結婚記念日」の約束
手術翌日、面会に行くと夫は「タバコちょうだい」と言いました。「術後せん妄」に戸惑いながらも、ICUでの一進一退の回復を祈り続けた日々。当時の日記に残っていた、術後4日目の「結婚記念日」の約束。
手術翌日、面会に行くと夫は「タバコちょうだい」と言いました。「術後せん妄」に戸惑いながらも、ICUでの一進一退の回復を祈り続けた日々。当時の日記に残っていた、術後4日目の「結婚記念日」の約束。
8時間に及ぶ大手術を終えた汗だくの医師からの、思いがけない一言。たくさんの管に繋がれたICUのベッドで、目を覚ました夫が私の名前を呼んでくれた日。張り詰めた緊張と安堵の涙が交差する、術後の記録です。
「3分の1が亡くなり、3分の1が後遺症を残し、3分の1が社会復帰できる」。医師から告げられた残酷な確率。予定の4時間を過ぎても終わらない手術。家族でただ息を殺して待つしかなかった、人生で最も長い一日の記録です。
夫が運ばれた検査室の扉の前。時計の秒針の音だけが響く中、医師から告げられたのは「くも膜下出血です」という言葉でした。テレビで見ていたイメージとは違い、さっきまで話せていた夫の姿と病名がどうしても結びつかなかったあの夜の記録。
遠くから聞こえたサイレンの音に、少しだけ安心したあの夜。思っていたよりも狭い救急車の中で、冷たくなった夫の手をさすりながら、ただ「大丈夫」と祈り続けた密室での記憶。
「なんか体が変」。突然の夫からの電話。脱衣所でのくしゃみ、青白い顔、ボソボソとした声。日常の中に潜んでいた「違和感」が、私たちの人生を大きく変えた瞬間の記録です。
2020年2月、不思議なくらい「普通の日」でした。長女の成人式からわずか1ヶ月後、夫がくも膜下出血で倒れました。突然日常に真っ暗な穴が開いた、長く続く道の始まりの記録です。
2020年2月、娘の成人式直後に夫がくも膜下出血で倒れました。静かになった家の中で気づいた「日常の尊さ」。壮絶な半生を経て、今の私が思う、自分を許すための「なんとかなる」の本当の意味。
接客業の立ち仕事と、2人の子どもの習い事・塾の送迎。息をつく暇もなく駆け抜けた30〜40代。「私がやらなきゃ」とひとりで背負い続けてきた私が、初めて人に「ちょっと手伝って」と言えた日のこと。
結婚と出産を経て、突如襲いかかった夫の裏切り、自宅の火事、父の死。怒涛の20代を「なんとかなる」という言葉で無理やり乗り越えてきた私が気づいた、自分自身の限界と「人に頼る」という本当の強さについて。