
手術から11日目。
ついに、先生からこう言われました。
「そろそろ、ドレーン(頭に溜まった髄液を出す管)を外してみましょう」
もし水頭症の症状が出てしまえば、「シャント手術」という新たな手術が必要になる可能性もあると聞いていました。
だから、その言葉を聞いたときは、祈るような気持ちで少し緊張しました。
しかし、ドレーンは無事に外すことができました。
その後も大きな問題は起こらず、懸念していた水頭症の症状も出ませんでした。
「とりあえず、大丈夫そうですね」
先生のその言葉を聞いたとき。
ようやく、私の肩からスッと少しだけ力が抜けた気がしました。
管が取れて、入院後はじめてのシャワーも。
久々のお湯に、夫はスッキリできてとても気持ちよさそうでした。
「ああ、これで本当に良くなっていくんだ」
そう思っていたのですが……やはり、夫の強い頭痛は続いていました。
食事も味気ないおかゆばかりが続いていて、
頭の痛みと自由にならない不満からか、夫はとにかく苛立っていました。
痛みが来るたびに「薬をくれ」と訴えます。
でも、痛み止めの薬は使える時間が厳しく決まっています。
私はそのことを、何度も何度も説明しました。
ある時、痛みに耐えかねた夫が、こう吐き捨てました。
「こんな痛いの、死んだ方がマシや」
その言葉を聞いた瞬間。
私の中で、ずっと張りつめていた何かが、プツリと切れてしまいました。
せっかく助けてもらった命なのに。
周りのみんなが、どれだけ心配して、どれだけ祈ったか。
「自分だけが苦しいんじゃない!」
気がつけば、そう怒鳴って言い返していました。
すると夫も、負けじと声を荒げます。
「そんなにいらん(必要ない)かったら、出ていけ!」
病室での、ひどい言い合い。
あの時は、くも膜下出血という病気のことや、脳のダメージが感情に及ぼす影響なんて、全く分かっていませんでした。(もちろん、そんなことを冷静に調べて理解する時間も、当時の私にはありませんでした)
自分の感情だけでいっぱいいっぱいで、本当に視野が狭かったなぁ。
今振り返ると、そう思います。
そんな状態ではありましたが、
激しい頭痛以外は体の麻痺などの大きな問題もなく、
何より本人が「とにかく家に帰りたい」と強く訴え、先生に直談判を始めました。
先生は、「そんなに慌てなくていいんじゃないか」と優しくおっしゃってくださいました。
でも、夫の意志は固く、無理を言って退院させてもらうことになりました。
くも膜下出血で倒れたあの日から、わずか16日後。
大病をしたにしては、あまりにも早すぎる退院でした。
それでも、やっと家に帰れる。
やっと、少し落ち着いた生活が戻ってくる。
私はそう信じていました。
次回は、
**「家に帰ってから起きた、まさかの出来事」**
について書こうと思います。
(※この後、わずか1年の間にあと2回も手術を繰り返すことになるとは、この時の私は夢にも思っていませんでした。)
