
病院の待合室で説明を受けている間にも、夫のスマホからはひっきりなしに電話が鳴っていました。
あの怒号を聞きたくない。でも出ないと、また病室で暴れてしまう。
「……大丈夫ですか?」
先生からの説明の後、ふと、一人の看護師の方に声をかけられました。
自宅で目の当たりにしたてんかん発作の光景と、そこからの毎日の極度な緊張状態。
自分自身も精神的に限界まで疲弊していたので、それが隠しきれずに顔に出てしまっていたのだと思います。
「ご家族の方が辛くなるのは、当たり前のことです。
それをわかっていながらも、やっぱり一番辛いのは患者本人さんだと思うんです。
それでも、その辛い気持ちをぶつけられる存在(奥さん)がいるのは、患者さんにとって本当に幸せなことだと思います。
だから、できる限りその部分を受け止めてあげてほしい。
その分、奥さんの辛い部分は、私に声を上げて(伝えて)ください」
そう、優しい声で言ってくださいました。
今まで必死にこらえてきたものが、一気にあふれ出しました。
お義母さんに心配をかけないように。子供たちにも心配かけないように。
自分の同僚にも、夫の会社の人にも……。
もちろん、夫本人にも、「心配ない!絶対大丈夫!」と、ずっと強がっていたから。
看護師さんのその言葉を聞いた後、ようやく少し気持ちが落ち着いて、「逃げずにしっかり向き合おう」と夫を待つことができました。
その後、本人も交えて先生から説明を受けました。
「とにかく帰りたい!」「発作が起きても自分でなんとかする!」
……なんとかできないから、今ここにいるのに。
その現実が、夫にはまったく伝わりません。
結局、もう1日だけ様子を見ることになりました。
そのあとも、容赦なく電話はかかってきます。
「自分で帰るから、車持って来て」
運転は絶対にだめ! それだけは、どうしても守らないと。
そして、ついに退院の日がやってきました。
早朝から電話が鳴ります。
「早く来い!」
10時に病院に到着して、先生からの説明。
注射器で吸い出した結果、脳内の異物は無事に消失していました。
ただし――。
「高次脳機能障害が出ている可能性があります」
今後の生活に向けて、リハビリ科から説明を受けることになりました。
後から分かったことですが、なんと病室で隠れてタバコを吸っていたそうです。
注意されて居づらくなり、一刻も早く退院したかったのだと思います。
精算を終えて、病室へ迎えに行くと。
夫はものすごく不機嫌で、荷物をこちらに向かって投げつけてきました。
そしてそのまま外へ出て、タバコを吸いに行きました。
戻ってきて、放った一言。
「帰る!」
これから、どうなっていくのか___。
看護師さんの言葉で自分を奮い立たせていたものの、この先のことを考えると、やっぱりダメでした。
横に座る「別人のような夫」への怖さと不安に押しつぶされそうになりながら、震える手で車を運転していたことを、今でもはっきりと覚えています。
次回は、
**「そして始まった、出口の見えない真っ暗なトンネルのような日々」**
について書こうと思います。
