【第二十話】「毎日、本当は辛い」病識を持ち始めた夫の苦悩と、小学生の漢字ドリル

退院してから3週間。

この日も、病院でリハビリがありました。

最初に比べると、文字は少しずつ出てくるようになっています。
ただ、やはり漢字は苦手なままでした。

なので、私は**「小学生用の漢字ドリル」**を買いました。

意味がないことなんて、一つもない。
回復に向けて、できることから一歩ずつ進むしかありませんでした。

家での会話も、リハビリです。
冷蔵庫を開けて、「これは?」「これは?」と質問をします。

「いちご」「ネギ」「マヨネーズ」

それが、なかなか出てきません。

夫の症状は、『失名詞失語(しつめいししつご)』というものでした。
日常会話はスムーズにできるけれど、特定の物の名前だけが出てこない、というタイプの失語症です。

物の概念(記憶)自体はしっかりと保たれているものの、それを『言葉』というラベルに結びつけて取り出すための”脳の回路”が損傷しているために起こるようです。

よく勘違いされがちですが、認知症と高次脳機能障害は違います。
認知症は進行性ですが、高次脳機能障害は、リハビリテーションによって脳機能が改善していくとのこと。

急性期の意識障害の状態によって、回復期間は人それぞれです。
目安として、急性期が約1ヵ月、回復期が約6ヵ月。そして、自宅や職場に戻ってからの『展開期』は、数年かけてゆっくりと回復していくということです。

だからこそ、リハビリは早ければ早いほど効果はあると思っています。
(……ただ、無理やりやらせるのは逆効果だということも、痛いほど実感しています。笑)

私が夜まで仕事へ行った日のこと。
「今日は飲まへん!」と約束していたのに、久しぶりに後輩と電話で話せたのが嬉しかったようで、夫は結局、お酒を飲んでしまいました。

お互いの疲れもあったのか、その日は激しい口論になってしまいました。

私はそんな意味で言ったわけじゃない。
でも、全く違うふうに受け取られて、怒らせてしまう。

言葉の理解のズレや、感情のコントロールの難しさ。
それもまた、高次脳機能障害の影響なのだろうか。

そんなことばかりを考えるようになっていました。

ですが、別の日。
夫が散歩中に、知り合いと会って話したそうです。

そのあと夫から、こう聞かれました。

「自分の病気のこと、どう説明したらいい?」

自分が病気であり、障害を抱えているという認識(病識)。
私は、LINEでできるだけ丁寧に説明を送りました。

すると夫が、ぽつりと言いました。

「毎日、本当は辛い」

その言葉を聞いて、胸が締め付けられるように苦しくなりました。

本人が一番つらい。
ずっと分かっているはずなのに、私はつい焦ったり、苛立ったり、落ち込んだりしてしまう。

「ごめん」

そう、心の中で何度も謝らずにはいられませんでした。

次回は、
**【生きている意味をかみしめた銀婚式。不安が増す診察】**
について書こうと思います。

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