
退院した日。
久しぶりに家へ帰ってきた夫は、お昼にうどんを食べました。
家に帰ってからは、また、別人のように静かでした。
夜ご飯は、温かいお鍋。
そして、ビールを1本。さらに焼酎を少し飲みました。
もちろん、タバコも吸いました。
本当は、絶対に止めたかった。
でも、ようやく退院できたという安心感もあったし、目の前の夫は一見「普通」に見えていた。
だから私は、制すると激昂するかもしれない夫を、どこまで強く止めればいいのか分からなくなっていました。
退院後1日目。
お昼は味噌ラーメンを食べに行きました。
ただ、夫はよく行く店の名前が分からなくなっていました。
「ここ、なんて名前やったっけ?」
ホワイトボードを買ってから家に帰り、大きく書き出しました。
・絶対やったらダメなこと → 車の運転!
・絶対やること → 薬を一生飲み続ける!
・いつか辞めること → お酒・タバコ!
何度も、何度も説明しました。
夫も、その時は「わかった」と答えていました。
でもその直後、「明日、仕事行くわ」と言い出しました。
今の状態では無理だと説明しても、「俺は大丈夫や!」の一点張り。
どうしたらいいのか、分かりませんでした。
その日の夜も、ビールを1本と、焼酎の水割りを少し飲みました。
退院後2日目。
昼ご飯は外食へ。
前日は仕事のことを忘れているように見えたのに、この日は「職場へ行く」と言い出しました。
「少し顔出すだけ」
そう言って出かけ、1時間ほどして迎えに来てほしいと電話がありました。
一見すると、本当に普通なんです。
みんなの顔も覚えている。昔の出来事も、ちゃんと覚えている。
ふとした瞬間に、「あ、ちゃんと覚えてるんだ」とホッとすることもありました。
ただ——。
物の名前や、店の名前が出てこない。
何かが違う。
そんな「見えない違和感」が、ずっと付きまとっていました。
その日の夜も、ビールを1本と、焼酎を水割りで1杯飲みました。
退院後3日目。
相変わらず、物の名前が出てきません。
「字を読む練習した方がいいんじゃない?」と私が言うと、
「俺は賢いから、すぐわかるわ」と、強気に返ってきました。
実はこの頃、銀婚式の記念旅行を予約していました。
でも、今の状態ではとても無理で、結局キャンセルしました。
切なかったのは、夫が旅行会社の担当の人のことは、ちゃんと覚えていたことです。
だから余計に分からない。
普通に見える。でも、普通じゃない。
リハビリを頑張れば治るのか。
この状態は、一時的なものなのか。
そんなことばかり考えていました。
退院後4日目。
夫は朝から、一人で散歩へ行きました。
私は、外でまたてんかん発作が起きたらどうしようと、不安でたまりませんでした。
見つからないように、こっそり後ろからついていきました。
退院後5日目。
外来と初めてのリハビリの日でした。
先生からは、改めて「車の運転は絶対禁止」と話がありました。
次回の外来で、CTと脳波の検査をするとのことでした。
そのあと、リハビリ室へ。
担当のST(言語聴覚士)の方から説明があり、
その後、1時間ほど「検査のようなテスト」
(※後にわかりましたが、神経心理学的検査というものでした)が行われました。
私も同室して、真横でテストを見守りました。
カルタのような絵入りのカードが並べられ、
これは何ですか?と質問をされていきます。
でも——。
「イヌ」
「えんぴつ」
そんな、小さな子供でも分かるような簡単な言葉が、出てこない。
夫は、震える声で自分で言いました。
「あれやんな。なんで……こんなん、でてこやん(でてこない)ねん?」
「俺、おかしいな……」
本人にも、少しずつ分かり始めていました。
強がっていた自分の頭の中の「何かが、以前とは確実に違う」ということを。
そして、その光景を目の当たりにした私は、この先どうなってしまうんだろうという不安と恐怖でただただ、絶句していました。
次回は、
**「見えない障害への戸惑いと、終わりのない葛藤」**
について書こうと思います。
