夫が倒れた日。それでも私は「なんとかなる」と思っている
2020年2月、娘の成人式直後に夫がくも膜下出血で倒れました。静かになった家の中で気づいた「日常の尊さ」。壮絶な半生を経て、今の私が思う、自分を許すための「なんとかなる」の本当の意味。
貧乏だった幼少期、怒涛の20代、仕事と子育てを駆け抜けた日々。今の私に繋がる、笑いと涙の半生記録です。
2020年2月、娘の成人式直後に夫がくも膜下出血で倒れました。静かになった家の中で気づいた「日常の尊さ」。壮絶な半生を経て、今の私が思う、自分を許すための「なんとかなる」の本当の意味。
接客業の立ち仕事と、2人の子どもの習い事・塾の送迎。息をつく暇もなく駆け抜けた30〜40代。「私がやらなきゃ」とひとりで背負い続けてきた私が、初めて人に「ちょっと手伝って」と言えた日のこと。
結婚と出産を経て、突如襲いかかった夫の裏切り、自宅の火事、父の死。怒涛の20代を「なんとかなる」という言葉で無理やり乗り越えてきた私が気づいた、自分自身の限界と「人に頼る」という本当の強さについて。
周りと比べて「家が貧乏なこと」が恥ずかしくなる思春期。それでも私は卑屈にならず、「野草とマヨネーズ」のサバイバル生活をユーモアに変えて笑い飛ばしました。どんな絶望の中にも「笑える余白」を見つける私の原点。
「おやつ」という概念がなかった幼少期。空腹を満たすため、家の裏で野草にマヨネーズをつけて食べていた私が、貧しさの中で身につけたのは「我慢」ではなく「どうにかする」という生き延びるための工夫でした。
人生は突然、ハードモードになる。お金のなかった幼少期、火事、そして夫の突然の大病。壮絶な日々の中で私が手に入れた「生き延びる知恵」と「今日もなんとか生きていることの尊さ」を綴る、半生を振り返る物語の始まりです。