【第七話】術後せん妄の戸惑いと、 ICUで交わした「結婚記念日」の約束

大手術を終えた翌日。
その日は、夜にもICU(集中治療室)で面会することができました。

しかし、ベッドの上の夫は意識が混濁していて、
繋がれた管を無理やり外そうとするため、手足を拘束されている状態でした。

私の顔を見るなり、こう言いました。

「タバコ、ちょうだい」
「いいから、早く電気消して」

ここが病院ではなく、家だと思っているようでした。
夫の様子は、明らかに少しおかしくなっていました。

最初は、
「脳の手術をしたからだろうか」
「このまま、何か重い後遺症が残ってしまったのだろうか」と、嫌な不安ばかりが頭をよぎり、血の気が引きました。

でも、看護師さんが優しく教えてくれました。

「ICUでは、こういう状態になる方は珍しくないんですよ」

環境の急激な変化や、薬の影響などで、一時的に起こることがあるそうです。
あとから知ったのですが、「術後せん妄」という状態だったようです。
看護師さんのその言葉を聞いて、私は少しだけ安心したのを覚えています。

とはいえ。
目の前で「いつもと違う夫」の姿を見続けるのは、やはり簡単なことではありませんでした。

ここからのICUでの毎日は、まさに一進一退。
当時の私が残していた「日記」が手元にあるので、そのまま書き写してみようと思います。

***

〈術後二日目〉
13時。お昼におかゆを食べたあと、嘔吐。
アルコールとタバコの禁断症状が出始めているためか、貧血気味で追加の輸血をした。
ぼーっとしていて、眠そう。ここがどこか分かっていない様子。

18時。少し熱っぽい。おかゆは食べられた。
相変わらず眠そうだけど、お昼よりは意識がはっきりしている感じ。
「ここはどこ?」って聞いたら、ちゃんと答えてくれた。
私に「ありがとう」「どうやって来たん?」と聞いてきた。
少しずつ。少しずつ。

〈術後三日目〉
13時。昼ご飯はあんまり食べられず。
少し熱っぽいし、頭が痛いと言う。

18時。晩ご飯を食べたあと、嘔吐。まだ熱っぽい。
「ここはどこ?」と質問したら、昨日とは違う答え。
「ここにいて、何の意味がある?」「帰らせてほしい」と言う。
落ち着いてから今の状況を説明すると、「わかった、ありがとう」と。
まだ、ほぼ寝ている状態。

今日ぐらいから、「スパズム(脳血管攣縮)」という状態が始まるらしい。
この一番危険な時期を乗り越えられたら、一般病棟に移れる。
焦らず、ゆっくり、がんばろう。

〈術後四日目〉
13時。お昼はおかゆを全部食べた。
ドレーン(※脳に溜まった血液混じりの髄液を体外へ排出させる管)は、
一日の限界量を超えたから一旦中止とのこと。
今日もほぼ寝ている状態。

18時。晩ご飯は食べられていない。微熱と血圧が少し高め。
頭痛と眠気がひどいらしい。頑張っておかゆを食べたけど、すぐに全部吐き出してしまう。
少し落ち着いてから、歯磨きをした。

今日は、少しちゃんと話せるみたい。
「ここはどこ?」の質問にも、ちゃんと答える。

「どういうことになってるんかな?」と聞いてきたから、
これまでのことを簡単に説明すると、「わかった」と頷いた。

ふと、「今日は2月11日。明日は何の日?」って聞くと、

「……結婚記念日」

と答えてくれた。
病院に運ばれる前に予約していたから、「お店、キャンセルしたよ」って言うと、

「また来年、やな」

と笑った。
退院したら、すぐにあの店に行こうと約束した。

どうかこのまま、血管が攣縮(れんしゅく)することなく、
無事にこのスパズム期が過ぎ去ってくれますように。

***

命の危機を脱し、私たちは少しずつ「家に帰る」ための準備を始めていきます。
ICUから一般病棟へ移り、そしてついに迎える退院の日。

でも、この時の私はまだ知る由もありませんでした。
ここからわずか1年の間に、夫が予期せぬ出来事で「さらに2回」も手術台に上がることになるなんて。

次回は、
**「ICUでの危険な時期を乗り越え、一般病棟へ。」**
について書こうと思います。

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