【第二十五話】全身の蕁麻疹。終わらない発作と暴言の中で知った「自立支援医療制度」

職場で起きた3回目のてんかん発作で入院したあと、主治医から説明がありました。
発作の原因として考えられるのは、『薬の飲み忘れ』でした。

薬の血中濃度が安定せず、治療に必要な濃度を下回っていた可能性が高いとのこと。
そのため、夜に飲む薬の量がさらに増えることになりました。

「また同じことを繰り返さないために、しっかり管理しよう」
そう説明を受けたのですが、退院すると夫は、また以前と変わらない生活に戻っていきました。

相変わらず、家でお酒を飲む。
そのたびに私は不安になり、口論になることも増えました。

ある日、夫からこう怒鳴られました。
「そんなに嫌やったら、出て行け!」

別の日には、夫の買い物に付き合って私が車を運転している横で、
「早よ行け!」
「Uターンしろ!」
と次々に横柄な指示を出し、最後には、
「お前、免許返した方がいいんちゃうか」
と言い放たれました。

自分の買い物に付き合ってもらっている立場なのに。
「ありがとう」の一言もない。
私の気持ちや都合は、すべて後回し。

頭では、『これは高次脳機能障害の症状(感情のコントロール不足や自己中心性)なんだ』と分かろうとしても、感情が追いつかない。
正直、苦しくてたまりませんでした。

ちょうど同じ頃。
限界を迎えていた私自身の身体に、今度は恐ろしい異変が起きました。

全身に、原因不明の『蕁麻疹(じんましん)』が出たのです。

近所の皮膚科では対応が難しく、大きな病院への紹介状を書いてもらいました。
病理検査も受けましたが、結局、原因は特定できませんでした。
治療はステロイドによる対症療法のみ。

痒みはひどく、夜もまともに眠れません。
全身に保冷剤を当てて身体を冷やしながら、なんとか朝を迎える日々。

数ヶ月かかって、ようやく落ち着いていきました。
今思えば、私の心も身体も、完全に限界を超えて壊れかけていたのだと思います。

そんな中、夫の薬が増えたことで、毎月の医療費の負担も大きくのしかかってきました。
どうにかならないかと必死で調べている中で、私はある制度の存在を知りました。

**自立支援医療制度**です。

てんかんなど、継続的な精神科的治療が必要な人が利用できる国の制度です。
ただ、当時通っていた病院は指定医療機関ではありませんでした。
そこで、この制度を利用するために、てんかんセンターのある専門の病院へ思い切って『転院』することになりました。

対象になるのは、外来診療や検査、薬代など。(※入院費は対象外です)
有効期間は1年間で毎年更新が必要ですが、医療費が「原則1割負担」になることは、我が家にとって計り知れないほど大きな助けでした。

自分から動いて調べなければ、利用できなかった制度です。
(もし、今これを読んでいて同じような状況の方がいるなら、ぜひ一度調べてみてほしいと思います)

そして。
3回目の発作から、10ヶ月後。

夫は職場で『4回目』のてんかん発作を起こしました。
救急搬送。
搬送先は、転院していたてんかんセンターのある病院でした。
幸い頭部に異常はなく、その日のうちに帰宅することができましたが、絶望で目の前が真っ暗になりました。

ところが、その6ヶ月後。
再び職場から連絡が入りました。

『5回目』のてんかん発作でした。

急いで迎えに行くと、夫の意識はすでに戻っていました。
病院搬送はせず、そのまま帰宅して安静にすることになりました。

『もう大丈夫かもしれない』
少しだけ安心した頃に、突然起きる発作。
そのたびに、残酷なほど『振り出し』に戻されたような気持ちになりました。

てんかんは、完全に治ったわけではない。
高次脳機能障害も、消えてなくなったわけではない。

私たちが向き合っているのは、数ヶ月や数年では終わらない病気なんだ。

果てしなく続く先の見えない道を前に、
私は少しずつ、その現実を受け入れていくしかありませんでした。

ただ、『受け入れる』と頭で決めても、
立て続けに起こる異常な現実は、容赦なく私たちの日常を壊していきます。

これまではすぐに意識が戻っていた発作。
でも、次に起きた『6回目』と『7回目』の発作は、これまでとは全く違う、最悪のパターンへ陥るものでした。

次回は、
**【日常を壊していく発作の連鎖。今までとは違った6回目**
について書こうと思います。

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