
発作から24日目。
その日の午前10時過ぎ、病院から突然電話がかかってきました。
「ご本人の希望で、本日退院となっていますが、ご存じですか?」
突然の話でした。私は何も聞いていません。
しかも、私は仕事の日です。急に言われても、すぐに動ける状況ではありません。
しばらくして、本人から電話がありました。
「先生がいいって言うから、今日退院したい」
そう言われても、家族の都合もあります。
迎えに行く人がいること。退院後の生活を準備して支える人がいること。
そのことも、少しは考えてほしいと思いました。
(でも、それができないのが高次脳機能障害なのだと、痛感する出来事でもありました)
なんとか仕事の都合をつけ、14時前に病院へ向かい、そのまま退院手続きを済ませました。
ようやく家に帰れる。本来なら喜ぶべき日だったのかもしれません。
でも、正直なところ、不安で複雑な気持ちでした。
最後に、病棟で薬の説明を受けました。
私は念のため、もう一度しっかり確認したかっただけでした。
ところが、看護師さんから、
「さっきも説明しましたよね!」
と、少し強い口調で返されました。
もちろん、現場が忙しいのはわかります。
でも、夫は高次脳機能障害の影響で短期記憶に問題があります。説明を聞いても、そのまま覚えていられるとは限りません。だからこそ、家族も一緒に確認したかったのです。
病気そのものよりも、『高次脳機能障害』への理解が医療現場ですらまだ十分ではないという現実に、少し切なく、悲しい気持ちになりました。
家に帰ると、すぐに夕食を作り、そのまま仕事へ向かいました。
ここ数か月の中で、身体も心も限界に近かったと思います。
その日の夜。
さっそく、夫は薬を飲み忘れました。
てんかん発作の最大の原因になり得る、薬の飲み忘れ。それだけは絶対に避けたい。
そう思っていたのに。
退院翌日。(発作から25日目)
朝から仕事へ。
家で一人でいる夫のことが、気になって仕方がありません。
何度もスマホでペットカメラを確認しました。
ちゃんと過ごしているか。倒れていないか。発作は起きていないか。
四六時中見ているわけではないけれど、見ないと不安になる。そんな毎日でした。
退院2日目。
やっと休日。
すぐにApple Watchを購入しました。転倒検知機能付きのものです。
着用中に転倒したときに、アラーム音を鳴らし画面に確認画面が表示されます。
そのまま約1分間動かないと、自動的に119番(救急)へ通報し、現在地の位置情報を添えて事前に設定した「緊急連絡先」へメッセージを送信する、というものです。
てんかん重積状態を避けて、その後の回復(予後)を良くするためには、発作後できるだけ早く対応することが非常に重要だと感じていたので、必要だと思いました。
「絶対に、必ず着けててな」
夫に何度も説明しました。でも、本人はまだその重要性を十分に理解できていない様子でした。
着けてくれないと、私は安心できない。でも、その不安を夫にうまく伝えることも難しい。
※我が家で導入したのは、このApple Watchです。本当に買ってよかったです。
言葉や記憶のリハビリも、まだ本格的には始まっていませんでした。
焦る気持ちばかりが大きくなります。
脳の機能は、使わなければどんどん衰えてしまうのではないか。そんな恐怖もありました。
退院3日目。
今度は、ネット通販の問題が浮上しました。
記憶や判断力が曖昧なまま、必要のないものを買ってしまわないか。高額な買い物をしないか。
気になることは次々と出てきます。
そしてこの日。
夫は入院してから初めて、家でお酒を飲みました。
ビール1本。その後はノンアルコール。タバコは吸っていません。
量を守れるなら、お酒まで完全に取り上げることが本当に正解なのか。
人生の楽しみを全部失わせることが、かえって脳へのストレスになるのではないか。
家族としても、明確な答えは出ませんでした。
ただ、
**このままの量で収まってくれますように**
そう、祈るように願うばかりでした。
発作から1ヶ月。
退院後の受診の日でした。
センター長ではなく、いつもの主治医でした。
追加された薬の説明や、今後発作が繰り返された場合の手術の可能性などのお話でした。
私は、以前から気になっていたことを先生に聞きました。
「最近、家で長時間寝てしまうことが多いんですが、薬の副作用かなにかでしょうか?」
すると、返ってきた言葉は、
「言っている意味がわかりません」
でした。
一瞬、何を言われたのかわかりませんでした。突き放されたような、冷たい言葉でした。
すがるような思いで、リハビリについても尋ねました。
すると、
「うちの病院ではやっていません。自宅でやってもらうだけです」
という説明でした。
もちろん、先生にも何かしらの事情があるのでしょう。
でも、この時の私は、ただただ不安で、絶望しかけました。
何度も発作を起こしていたのに、そのままの薬を処方されていたことも、ずっと引っかかっていました。
何を信じればいいのか。
誰を頼ればいいのか。
医師も看護師も、結局はずっと一緒に生活するわけではありません。
家に帰ってからの過酷な現実を支えるのは、家族です。
だからこそ、私は覚悟を決めました。
誰かが何とかしてくれるのを待つのではなく、
自分たちで病気を理解して、自分たちで前へ進むしかない。
そう強く思いながら、
また、私たちの新しい一日が始まりました。
次回は、
**【手探りの自宅リハビリと、見えない障害の正体】**
について書こうと思います。
