
前回の発作から、9ヶ月後。
夫は『7回目』のてんかん発作を起こしました。
その日、私は外出していました。
夕方の17時頃に帰宅して玄関のドアを開けた瞬間、すでに異様な空気を察知しました。
2階へ上がる階段に、
夫のリュックやスリッパが、不自然に散乱していたのです。
胸がざわつきました。
『——何かあった。』
そう確信して、私は階段を駆け上がりました。
2階の寝室。
夫はベッドの上で仰向けになり、口から泡を吹いた状態で倒れていました。
17時20分頃。震える手で、すぐに119番へ通報しました。
5分ほどで救急車が到着。
私は「いつも診てもらっている、てんかんセンターへ搬送してほしい」と伝えました。
しかし、救急隊員の方の判断は違いました。
「熱中症の症状も出ている。まずは一刻も早い救急対応が必要だ」と。
夫は、てんかんセンターではなく救急センターへ搬送されました。
頭部から出血していたため、すぐにCT検査が行われました。
幸い、脳内に新たな出血はありませんでしたが、別の恐ろしい問題がありました。
夫の、右腕と右足が動かなかったのです。
髄膜炎の可能性も考えられ、緊急の検査が行われました。
結果としてその可能性は低いとのことでしたが、意識はあっても、はっきりしていません。
声も出せない。腕も足も動かない。
私の頭の中には、また『最悪の想像』ばかりが浮かんでいました。
あとから自宅の防犯カメラを確認して、事態の全容が見えてきました。
その日は、非常に暑い猛暑の日でした。
夫は14時頃に帰宅していましたが、おそらく3時間近く、炎天下の外を歩いていたのだと思います。
そして帰宅後、階段を上がっている途中で発作を起こし、転落した。
(※階段の下には、大量の血痕も残っていました)
その後、一度意識は戻ったのでしょう。
2階のトイレには嘔吐した跡がありました。
そして這うようにして寝室へたどり着き、あの炎暑のさなかにある部屋の中で、そのまま倒れていたのです。
病院での診断は『重度の熱中症』。
命に関わる危険な状態でした。夫はHCU(高度治療室)で治療を受けることになりました。
翌日。
病院から「意識が戻った」と連絡がありました。
朝方に暴れたため、安全のために一時的に身体を拘束しているとのことでした。
面会時間は、わずか10分だけ。
ベッドの横へ行くと、夫はどこか痛そうな表情で眠っていました。
声をかけると、こちらに目を向けてくれました。
視力も聴力もある。昨日動かなかった右手と右足も動いている。
でも、声は出せません。
「ゆっくり寝ときや」
そう声をかけると、夫は少しだけ口元を緩めました。
「ニッ」と笑ったような、そんな感じでした。
今のこの声が出ない状態が、てんかんの影響なのか、熱中症の影響なのか。
まだ誰にも分かりませんでした。
それでも私は、心の中で強く思っていました。
たとえ半身不随になっても。たとえ失語症になっても。
命さえあれば、リハビリを頑張れば、またやり直せる。
今までだって何度も乗り越えてきた。今回も絶対に乗り越えられる、と。
2日目。
朝、主治医から電話がありました。
脳波検査の結果、夫は「てんかん重積状態(発作が長く続く、または短い間隔で繰り返す危険な状態)」だと説明を受けました。
熱中症でも意識障害は起こります。
しかし夫には、こちらの問いかけに反応する様子が見られました。
そのため、現在の深刻な症状は「てんかんによるもの」と判断されたのです。
すぐに抗てんかん薬による治療が始まり、さらに24時間、脳波を測定することになりました。
しかし、結果は厳しいものでした。
「発作が、完全に止まっていません」
「全身麻酔を使って、強制的に脳を休ませる必要があります」
そう説明されました。
人工呼吸器。
たくさんの点滴。無数の管。
全身麻酔でベッドに横たわる夫の姿は痛々しく、見ているだけで胸が苦しくなりました。
でも。
**本人は今、深い眠りの中で、この苦しさを感じていないかもしれない**
それだけが、私の唯一の救いでした。
3日目。
まだ発作の波形は完全には治まっていませんでした。
麻酔も抗てんかん薬も増量。
もし麻酔から覚めた時に再び発作が出れば、再度麻酔治療を行うとのことでした。
私はただ、願うことしかできませんでした。
全部リセットしていい。また一から、ゆっくり始めたらいい。
だから、お願い。生きて戻ってきてほしい。
4日目。
ようやく、状況が変わりました。
前日の夜から、脳波の波形が落ち着いてきたというのです。
少しずつ、麻酔を減らしていく。
ただし、覚醒した時に再び発作が強く出る可能性もある。
まだ、全く安心はできませんでした。
5日目。
ついに、夫は麻酔から目を覚ましました。
目でこちらを追う。話を聞いている様子もある。手足も動く。
人工呼吸器はまだ外れていません。
声が出るかも分からない。
でも。
私がそっと左手を握ると、
夫は、私の手を強く握り返してくれました。
その瞬間。
ずっと胸につかえていた大きく重たい塊が、フッとほどけました。
私のことが分かる。
生きている。
あちら側から、戻ってきてくれている。
まだこれから先は長い。また過酷なリハビリもあるかもしれない。
不安もたくさんある。
それでも、
あの日握り返してくれた左手の、あの力強い感触だけは、今でもはっきりと覚えています。
「まだ大丈夫や」
夫のその手が、私にそう言ってくれている気がしたのです。
次回は、
**【人工呼吸器が外れた日。そして見えてきた『高次脳機能障害』の新たな壁】**
について書こうと思います。
