【第二十八話】てんかん重積状態と人工呼吸器。絶望の5日間と、握り返してくれた左手

前回の発作から、9ヶ月後。
夫は『7回目』のてんかん発作を起こしました。

その日、私は外出していました。
夕方の17時頃に帰宅して玄関のドアを開けた瞬間、すでに異様な空気を察知しました。

2階へ上がる階段に、
夫のリュックやスリッパが、不自然に散乱していたのです。

胸がざわつきました。
『——何かあった。』
そう確信して、私は階段を駆け上がりました。

2階の寝室。
夫はベッドの上で仰向けになり、口から泡を吹いた状態で倒れていました。

17時20分頃。震える手で、すぐに119番へ通報しました。

5分ほどで救急車が到着。
私は「いつも診てもらっている、てんかんセンターへ搬送してほしい」と伝えました。
しかし、救急隊員の方の判断は違いました。

「熱中症の症状も出ている。まずは一刻も早い救急対応が必要だ」と。

夫は、てんかんセンターではなく救急センターへ搬送されました。
頭部から出血していたため、すぐにCT検査が行われました。
幸い、脳内に新たな出血はありませんでしたが、別の恐ろしい問題がありました。

夫の、右腕と右足が動かなかったのです。

髄膜炎の可能性も考えられ、緊急の検査が行われました。
結果としてその可能性は低いとのことでしたが、意識はあっても、はっきりしていません。
声も出せない。腕も足も動かない。

私の頭の中には、また『最悪の想像』ばかりが浮かんでいました。

あとから自宅の防犯カメラを確認して、事態の全容が見えてきました。

その日は、非常に暑い猛暑の日でした。
夫は14時頃に帰宅していましたが、おそらく3時間近く、炎天下の外を歩いていたのだと思います。
そして帰宅後、階段を上がっている途中で発作を起こし、転落した。
(※階段の下には、大量の血痕も残っていました)

その後、一度意識は戻ったのでしょう。
2階のトイレには嘔吐した跡がありました。
そして這うようにして寝室へたどり着き、あの炎暑のさなかにある部屋の中で、そのまま倒れていたのです。

病院での診断は『重度の熱中症』。
命に関わる危険な状態でした。夫はHCU(高度治療室)で治療を受けることになりました。

翌日。
病院から「意識が戻った」と連絡がありました。
朝方に暴れたため、安全のために一時的に身体を拘束しているとのことでした。

面会時間は、わずか10分だけ。
ベッドの横へ行くと、夫はどこか痛そうな表情で眠っていました。

声をかけると、こちらに目を向けてくれました。
視力も聴力もある。昨日動かなかった右手と右足も動いている。
でも、声は出せません。

「ゆっくり寝ときや」
そう声をかけると、夫は少しだけ口元を緩めました。
「ニッ」と笑ったような、そんな感じでした。

今のこの声が出ない状態が、てんかんの影響なのか、熱中症の影響なのか。
まだ誰にも分かりませんでした。

それでも私は、心の中で強く思っていました。
たとえ半身不随になっても。たとえ失語症になっても。
命さえあれば、リハビリを頑張れば、またやり直せる。
今までだって何度も乗り越えてきた。今回も絶対に乗り越えられる、と。

2日目。
朝、主治医から電話がありました。
脳波検査の結果、夫は「てんかん重積状態(発作が長く続く、または短い間隔で繰り返す危険な状態)」だと説明を受けました。

熱中症でも意識障害は起こります。
しかし夫には、こちらの問いかけに反応する様子が見られました。
そのため、現在の深刻な症状は「てんかんによるもの」と判断されたのです。

すぐに抗てんかん薬による治療が始まり、さらに24時間、脳波を測定することになりました。
しかし、結果は厳しいものでした。

「発作が、完全に止まっていません」
「全身麻酔を使って、強制的に脳を休ませる必要があります」

そう説明されました。

人工呼吸器。
たくさんの点滴。無数の管。
全身麻酔でベッドに横たわる夫の姿は痛々しく、見ているだけで胸が苦しくなりました。

でも。
**本人は今、深い眠りの中で、この苦しさを感じていないかもしれない**
それだけが、私の唯一の救いでした。

3日目。
まだ発作の波形は完全には治まっていませんでした。
麻酔も抗てんかん薬も増量。
もし麻酔から覚めた時に再び発作が出れば、再度麻酔治療を行うとのことでした。

私はただ、願うことしかできませんでした。
全部リセットしていい。また一から、ゆっくり始めたらいい。
だから、お願い。生きて戻ってきてほしい。

4日目。
ようやく、状況が変わりました。
前日の夜から、脳波の波形が落ち着いてきたというのです。

少しずつ、麻酔を減らしていく。
ただし、覚醒した時に再び発作が強く出る可能性もある。
まだ、全く安心はできませんでした。

5日目。
ついに、夫は麻酔から目を覚ましました。

目でこちらを追う。話を聞いている様子もある。手足も動く。
人工呼吸器はまだ外れていません。
声が出るかも分からない。

でも。

私がそっと左手を握ると、
夫は、私の手を強く握り返してくれました。

その瞬間。
ずっと胸につかえていた大きく重たい塊が、フッとほどけました。

私のことが分かる。
生きている。
あちら側から、戻ってきてくれている。

まだこれから先は長い。また過酷なリハビリもあるかもしれない。
不安もたくさんある。

それでも、
あの日握り返してくれた左手の、あの力強い感触だけは、今でもはっきりと覚えています。

「まだ大丈夫や」

夫のその手が、私にそう言ってくれている気がしたのです。

次回は、
**【人工呼吸器が外れた日。そして見えてきた『高次脳機能障害』の新たな壁】**
について書こうと思います。

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