【第十八話】「俺は必要なやつになるから」夫からのLINEと、不思議なリハビリ

退院後6日目。
夫から、こんなことを言われました。

「仕事、行ったら?」

ずっと家にいて、自分の様子をうかがっている私を見て、
『四六時中、監視されてるみたい』と、少し窮屈に感じていたようでした。

私は「わかった」と仕事へ行くふりをして、
隣の母屋(義母の家)にこっそり身を潜めて待機することにしました。

夫が一人で散歩へ行っている間も、何かあったらすぐ動けるように。
再びてんかん発作が起きたらどうしようという不安が、ずっと消えなかったからです。

でも、その日。
散歩の途中の夫から、私のスマホに突然、写真とメッセージが送られてきました。

「ありがとな!」
「これから、いろんなことを思い出す!」
「俺は必要なやつになるから!」

そのLINEの画面を見た瞬間。
張り詰めていた糸が切れたように、ボロボロと涙が出ました。

もともとLINEなんて、ほとんど送ってこない人でした。
だからこそ、不器用なその言葉が、本当に、本当に嬉しかったことを覚えています。

ただ——。現実はそう簡単ではありませんでした。

自分からリハビリをやろうとはしない。
新聞も読まない。

私は、目に見えて回復しない状況に焦っていました。
『焦るな。焦るな。』
そう自分に言い聞かせても、どうしても口出ししたくなってしまうのです。

退院してから1週間。
私は毎日、仕事へ行くふりをして隣の母屋で待機を続けていました。
いつ発作が起きるか分からない恐怖と隣り合わせの日々。

そんな中、退院してから初めて、夫が家でお酒を空けました。
でも、以前の夫とは違いました。

元気がない。やる気もない。
「しんどいから、もう寝るわ」
そう言って、お酒もそこそこに、早く横になる日も増えました。

布団に入る夫の背中を見ながら、私は、
「リハビリ、リハビリ」と口うるさく言ってしまっていた自分を深く反省しました。

自分の頭が思い通りに動かない。一番つらくて、もどかしいのは本人のはずです。
それなのに、やらないと治らない!と、焦ってばかりでいました。

そんな私に、子どもたちが言ってくれました。

「お父さん、負けず嫌いやから。自分でやるって決めたら絶対するよ」
「人から言われても、自分からじゃないと無理やと思う」

その通りでした。
しんどい時に急かされても、ただ苦しいだけ。

今は、本人のペースを信じて待つしかない。
そう、心に決めました。

そして迎えた、2回目のリハビリの日。

この日も、テストがありました。
簡単な漢字が出てこない。文章もうまく伝えられない。

でも――。
自分の名前は、フルネームで漢字で書けました。
話すことも、日常会話なら普通にできる。

だから余計に、不思議でした。

簡単な漢字は出てこないのに、
なぜか『煙草』や、『警察官』といった難しい漢字はスラスラと書けるのです。

リハビリの先生によると、
「難しい漢字ほど、長年の記憶として脳に強く残っていることがある」そうです。

逆に、『会う』と『合う』など、同じ読み方をする言葉を、文脈に合わせて正しく使い分けることが難しくなっていました。

社会でもまだ認識が低いため、自分でも基礎知識をつけようと『高次脳機能障害』について勉強を始めました。
まずは、『高次脳機能障害のリハビリがわかる本』という書籍を買って、必死に読み込みました。

**高次脳機能障害は必ずよくなる**
この文字をみたとき、心がほぐれました。

いきなり高度なリハビリはダメ。全身の状態を整えて、体と心の耐久力をつけてから。
できることを見つけて伸ばすこと。できることは年々増えていく。

できること。
できないこと。

それを、夫と一緒に一つずつ手探りで探しながら、
回復に向けて一歩ずつ進んでいこうと思いました。

次回は、
**【リハビリの中で見えてきた、絶望と小さな希望】**
について書こうと思います。

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