夫が倒れた日。それでも私は「なんとかなる」と思っている

子育てが少しずつ手を離れ、「これからは少し肩の力を抜いて、人に頼ることも覚えよう」。
そう思い始めた矢先のことでした。

2020年2月。
世間が未知のウイルスに怯え、パンデミックの足音がすぐそこまで近づいていたあの冬。

娘の晴れやかな成人式が無事に終わり、ほっと息をついたわずか1ヶ月後。
夫が、くも膜下出血で倒れました。

何の前触れもなく、静かにドアを叩いてきた絶望。
気づいたときには、もう元の場所には戻れませんでした。

(※夫の病気のこと、繰り返した入退院、そして高次脳機能障害の介護については、とても一言では語り尽くせません。このブログで、これから少しずつ書いていこうと思っています。)

以前のような、他愛のない会話はできなくなりました。
家の中は、ずいぶんと静かになりました。

でも。
夫は生きています。

壊れたあとの静かな日常の中で、私は「生きていることの尊さ」を、痛いほど味わいました。
そして、それとともに、不自由=不幸せ、ではないことにも気づかされました。

ここまで全6回にわたって、私の半生を書いてきました。
貧乏で野草を食べていた幼少期。
火事や浮気、怒涛のトラブルを駆け抜けた日々。

「で、結局『なんとかなる』の精神は手放したの?」と聞かれたら。
たぶん答えは、違います。

今でもやっぱり、私はどこかで思っているんです。

「なんとかなる」と。

ただ、昔とは少しだけ、言葉の意味が変わりました。

子どもの頃の「なんとかなる」は、生き延びるための**『呪文』**でした。
不安を飲み込むための言葉。怖さを小さくするための合図。

大人になってからの「なんとかなる」は、自分を無理やり動かすための**『エンジン』**でした。
止まらないための言葉。自分の弱さを後回しにするための合図。

どちらも、必要でした。
どちらも、間違いなく私を助けてくれた、大切なサバイバル術でした。

でも今は、そこにもうひとつ、意味を足したいと思っています。

「全部自分でやらなくても、なんとかなる。」
「今日うまくいかなくても、なんとかなる。」
「少し休んでも、きっとなんとかなる。」

以前よりも、ずっとやわらかい使い方。
自分を追い立てる言葉じゃなく、**「自分を許す言葉」**として。

生き延びる工夫は、いつも大げさなものじゃありませんでした。

マヨネーズと野草みたいな、ちょっと笑える工夫だったり。
強がりをひとつ減らすことだったり。
誰かに「ちょっと手伝って」と言うことだったり。

全然、派手じゃない。
でも、その小さな工夫たちが、確実に私を今日という日まで運んできてくれました。

これから先もきっと、うまくいかない日はあります。
思い通りにならないことも、決してなくならないでしょう。

それでも私は、あの頃と同じように思います。
なんとかなる、と。

ただし今は、ひとりきりじゃありません。

少し頼って、少し休んで、少し笑って。
温かいコーヒーを淹れて、猫の柔らかな体を撫でて。

それでも、きっと。
なんとかなる。


長くなりましたが、これが私の「これまで」と「今」の物語です。

もし今、あなたが何かに疲れ、ギリギリのところで立っているのなら。
「こんなふうに、なんとかやってる人間もいるんだな」と、
どうかここで、少しだけ笑って、ひと休みしていってください。

「まあ、なんとかなるか」と。
一緒にお茶でも飲みながら、肩の力を抜ける場所になれたら嬉しいです。
いつでも、ふらっと覗きに来てくださいね。

(プロフィール連載おわり)

【追伸】
途中で少し触れた、夫がくも膜下出血で倒れてからのこと。

どうやって今の「静かに変わった日常」にたどり着いたのか、
これから別の連載として、少しずつ記録していこうと思います。

最初の更新は、4月5日(日)の夜を予定しています。
よかったら、また覗きに来てくださいね。

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