【第三話】救急車の中で考えていたこと

救急車が到着したときのことを、今でもはっきりと覚えています。

遠くからサイレンの音が近づいてきたとき、
少しだけ、安心しました。
「ああ、これで助かる。もう大丈夫」と、
心のどこかで、確かにそう思ったんです。

駆けつけてくれた救急隊員の方たちは、とても落ち着いていました。
素早く状況を確認して、夫の名前を呼び、
手際よくストレッチャーに乗せていきます。

その動きがあまりにも迷いなく、スムーズで。
私はただ、その様子を呆然と見ていることしかできませんでした。

「奥さん、保険証を用意して、旦那さんと一緒に乗ってください。」
その言葉に驚いて、慌ててかばんを握りしめました。

家の外に出ると、2月の夜の空気がとても冷たくて、
さっきまで家の中で起きていた出来事が、どこか遠いことのようにも感じました。

でも、救急車のドアがバタンと閉まった瞬間。
再び、重たい現実が静かに戻ってきます。

サイレンが鳴り、車が動き出しました。

救急車の中は、思っていたよりもずっと狭くて、
無機質な機械の音と、無線の声だけが小さく響いていました。

私は、ストレッチャーで横たわる夫の顔を見ていました。
ついさっきまで、普通に話していた人が、
目の前で静かに、青白い顔をして横になっている。

それがどうしても現実だと思えなくて、
ただぼんやりと、その横顔を見つめていました。

救急隊員の方が、いくつか質問をしてきました。

名前、年齢、持病はあるか。
いつから様子がおかしかったのか。

聞かれていることは理解できるのに、
なぜか、うまく言葉が出てこない。
答えている自分の声が、どこか遠くから聞こえるような、不思議な感覚でした。

頭の中では、いろんなことが浮かんでは消えていきました。

「大丈夫なんだろうか」
「これから、どうなるんだろうか」

でも不思議と、
その時はまだ深刻な病気とは、
頭の片隅にも思い浮かんでいませんでした。

ただ、
「大丈夫、大丈夫。絶対大丈夫」
それだけを、心の中で何度も何度も繰り返していました。

冷たくなっている夫の手を必死にさすりながら、
もしかしたら、声に出して祈っていたかもしれません。

救急車は、思っていたよりもずっと早く、病院に到着しました。

その時の私は、まだ知りませんでした。
このあと、冷たい救急外来の処置室で医師から聞くことになる「ひとつの言葉」が、私たちの生活を根底から大きく変えてしまうということを。

次回は、
**「病院での検査と、医師から告げられた言葉」**
について書こうと思います。

上部へスクロール