【第一話】あの日、日常が静かに変わった

夫がくも膜下出血で倒れたのは、2020年2月のことでした。

今思い返しても、不思議なくらい「普通の日」でした。

特別な出来事があったわけでもなく、
朝も、昼も、いつもと同じように過ぎていった一日。

少し前まで、私はやっと張り詰めていた肩の力を抜き始めたところでした。

子どもたちは少しずつ手を離れ、
「これからは少し、自分の時間も大事にしようかな」と思い始めていた頃。

ちょうどその年の1月には、長女の成人式もありました。
美しい振袖姿を見ながら、「ああ、ここまで来たんだなぁ」と、母親としての大きな一区切りを感じていたところでした。

それから、わずか一ヶ月後のことでした。

その日も、いつものように仕事をして、いつものように帰宅して、いつものように、お酒の入った夫としょうもない話をして、ゆったりした夜を迎えるはずでした。

人生が変わる日は、
ドラマみたいな前触れなんてありません。

あとから振り返っても、
「あれがサインだったのかもしれない」と思えるような出来事も、正直、ほとんどありませんでした。

ただ、突然。
本当に突然。

日常の真ん中に、
ぽつんと、真っ暗な穴が開くような瞬間がやってきます。

夫が倒れたその時のこと。
震える手で救急車を呼んだときのこと。
冷たい救急外来の一室で、医師の言葉を聞いたときのこと。

そのひとつひとつは、今でもはっきりと思い出せるのに、
同時に、どこか「現実じゃないような感覚」も残っています。

「くも膜下出血です。」

その言葉を聞いたとき。
頭の中が真っ白になる、という表現がありますが、実際は色はありませんでした。

訳がわからなかったので、正直、驚きもありませんでした。

ただ、時間だけが、私の心を置き去りにして静かに進んでいきました。

それまで当たり前だった他愛のない会話も、何気ない日常も。
あの日を境に、少しずつ、でも確実に形を変えていくことになります。

でも、そのときの私は、
まだその先のことを何も知りませんでした。

この出来事が、
どれだけ長く続く道の始まりなのかも。

このあと、夫は何度も入退院を繰り返すことになります。
そして最終的に残ったのが、「高次脳機能障害」という現実でした。

外見からは分かりにくいため、世の中の認知度はまだまだ低く、「あまり知られていない障害」です。

この病気は症状が多岐にわたり、一人ひとり現れ方が異なるので、本人や家族にとって共通の「正解」が見つけにくいという難しさがあります。

正解がないものは、答えを見つける術がない。
それなら自分で、最適解を探すしかない。

まずは、何を大事にするか。
そして、情報を集める。
そこから、決めて、試して、修正する。

もし今、あの頃の私と同じように、先の見えない不安の中で一人で悩んでいる人がいるのなら。
ここがほんの少しでも、その張り詰めた心を休めて、気持ちを和らげられる「温かい場所」になればいいなと、そう思っています。

もちろん、まだ、最適解を見つけれてはいません。
でも、だからこそ、このブログでありのままを書いてみようと思いました。

次回は、
**「夫が倒れた、その時」**の話です。

あの日のことを、
もう少しだけ、ゆっくり振り返ってみようと思います。

当時の私は、すがるような思いでネットを開いても情報が少なく、
暗闇の中で、一人で途方に暮れていました。

書籍も少なく、相談会にも行ってみましたが、
そこで、専門的な知識を持つ医師ですら限られていると知りました。

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