
救急車が到着したときのことを、今でもはっきりと覚えています。
遠くからサイレンの音が近づいてきたとき、
少しだけ、安心しました。
「ああ、これで助かる。もう大丈夫」と、
心のどこかで、確かにそう思ったんです。
駆けつけてくれた救急隊員の方たちは、とても落ち着いていました。
素早く状況を確認して、夫の名前を呼び、
手際よくストレッチャーに乗せていきます。
その動きがあまりにも迷いなく、スムーズで。
私はただ、その様子を呆然と見ていることしかできませんでした。
「奥さん、保険証を用意して、旦那さんと一緒に乗ってください。」
その言葉に驚いて、慌ててかばんを握りしめました。
家の外に出ると、2月の夜の空気がとても冷たくて、
さっきまで家の中で起きていた出来事が、どこか遠いことのようにも感じました。
でも、救急車のドアがバタンと閉まった瞬間。
再び、重たい現実が静かに戻ってきます。
サイレンが鳴り、車が動き出しました。
救急車の中は、思っていたよりもずっと狭くて、
無機質な機械の音と、無線の声だけが小さく響いていました。
私は、ストレッチャーで横たわる夫の顔を見ていました。
ついさっきまで、普通に話していた人が、
目の前で静かに、青白い顔をして横になっている。
それがどうしても現実だと思えなくて、
ただぼんやりと、その横顔を見つめていました。
救急隊員の方が、いくつか質問をしてきました。
名前、年齢、持病はあるか。
いつから様子がおかしかったのか。
聞かれていることは理解できるのに、
なぜか、うまく言葉が出てこない。
答えている自分の声が、どこか遠くから聞こえるような、不思議な感覚でした。
頭の中では、いろんなことが浮かんでは消えていきました。
「大丈夫なんだろうか」
「これから、どうなるんだろうか」
でも不思議と、
その時はまだ深刻な病気とは、
頭の片隅にも思い浮かんでいませんでした。
ただ、
「大丈夫、大丈夫。絶対大丈夫」
それだけを、心の中で何度も何度も繰り返していました。
冷たくなっている夫の手を必死にさすりながら、
もしかしたら、声に出して祈っていたかもしれません。
救急車は、思っていたよりもずっと早く、病院に到着しました。
その時の私は、まだ知りませんでした。
このあと、冷たい救急外来の処置室で医師から聞くことになる「ひとつの言葉」が、私たちの生活を根底から大きく変えてしまうということを。
次回は、
**「病院での検査と、医師から告げられた言葉」**
について書こうと思います。
