人生が、ある日突然ハードモードになる瞬間。
何の予告もなく、
静かにドアを叩いてくる。
私は、それを何度も経験してきました。
「まさか自分が」と思うこと。
お金がないことは、恥ずかしいことだと思って育ちました。
でも、あの頃身についたのは、
我慢ではなく、生きていく知恵でした。
ないなら、考える。
できないなら、工夫する。
それは、あとから人生を助けてくれました。
思春期は、不思議とよく笑っていました。
笑いは、余裕があるから生まれるものじゃない。
余裕がないときにこそ、必要なものでした。
結婚、出産、裏切り、火事、父との別れ。
出来事は、順番なんて守ってくれません。
ただ一つ言えるのは、
耐える力は、自分で選んで手に入れたものではなかったということです。
子どもが育つにつれて、私は走り続けました。
仕事、家事、子育て。
立ち止まる余裕なんて、ありませんでした。
体力と気力は、使い切るほど強くなる。
そう信じて、前だけを見ていました。
そして今。
夫は大きな病気をしました。
以前のような会話は、できません。
それだけで、世界はずいぶん静かになります。
それでも、朝は来ます。
猫はごはんを催促し、
私はコーヒーを淹れ、
日常は、何事もなかったように続いていきます。
人生は、思い通りにはなりません。
でも、
生きていることの尊さは、
壊れたあとに、静かに気づくものだと思っています。
大丈夫じゃないまま、ここまで来た。
それでも今日を生きている。
それだけで、
もう十分だと、私は思っています。
